太郎山、−1℃寒の戻り

昨日の30日は、朝から大荒れの天気だった。
昨日の午前6時頃には、「稲光」が、何分かおきに落ち、雷鳴がとどろき、風も強く、雨が降り、三拍子がそろっていた。一瞬、登り始めるときに躊躇したが、思い切って登り始めた。きっと、登らないほうがまともな人だろう。
春の嵐」とは、まさに昨日のような天気を言うのだと思った。昨日の天気予報によると、北陸沖の低気圧から延びる寒冷前線の通過に伴う、荒れ模様の天気だそうだ。中腹を降りてきた荒井さんによると、稲光の走る社務所の前に、布施さん、吉川さん、榎本さんなどがいたという。一瞬、それを聞いて、自分の耳を疑った。

今朝は、昨日とは、打って変わって、気温が低く、マイナスを記録した。昨日までは、比較的、暖かかったので、今日の「寒の戻り」は、かなり、皆、身にしみるようだ・・・。
社務所の前では、皆、震えながらコーヒーをすすっていた。酒井さんによると、今日の午後は、バイオリンのコンサートが、丸子で開かれるので、行くという。
毎日、生活に余裕のない自分と比べ、うらやましい限りだ。 下山では、霙模様のあられに降り込められる。 せっかく、17丁まで登って来た竜野先生も、あわてて下山をし始めた・・・。

今日は土曜日なので、登る人は、けっこう多いようだ。

先日23日に書いた上田市伊勢山の古金昭夫さんのお孫さんからメールが届き、偶然ではないものを強く感じた。
何か霊的なものが誘導している不思議がこの世の中には多々あるというが、また、今回もこのような事を意識させられたような気がする・・・。

以前、本を何冊も書かれている先生が、東京の学会に出席中に、死亡された時も、朝方、寝ている時に、私の夢の中に、その先生が出てきた事がある・・・。
後日、奥様に死亡前後の話を聞くと、まさに、先生の死亡の時刻に、私も、先生の夢を見ていたようだ。
その先生の書かれた本の何冊かの表紙の写真は、私の大学時代の研究室の恩師が撮影した写真が、何枚か使われていたりして、その紹介の取り持ち役を、たまたま、私がやったりしていたというわけで、きっと死ぬ間際に、先生がお礼に来たのかもしれない・・・。 などと考えた。
古金昭夫さんのご冥福をこころより祈ります。 また、ご親族の方々を、桜や草花の開花が少しでも慰めてくれたらいいなと思う。

会社の事務所のトイレが、今日中に水洗になるのかどうかほんとうに心配だ・・・。
ここ1週間は、妙な苦労をしてしまった。トイレの用事で、いちいち、自宅まで車で飛んで帰った・・・。笑えない現実である。
お便所や水が使えない不便さを、今回はつくづく感じた。能登阪神の震災の罹災した人達たちの困ったことの中の一番は、やはり、トイレの事だそうだ・・・。

3月も今日が最後の日だ。年度末の最後の日でもあり、注意して仕事をしなければならない。